早く目を開けて
 その目に僕を映して
 そして
 ひらと華が降るように、僕にだけ微笑んで




 定刻。
 外界との気圧を調整するための空気の抜ける音がして、僕は目を覚ます。起動にエラーはない。ただ透明なプラスティックカプセルの中との体感温度の違いで、僕の肌がしっとりと湿ってくるだけだ。
 白いだけの空間に一瞬立ちすくむ。昨日と何ひとつ変わらない視界に否が応でも慣らされて、正面に見える壁に向かって歩き出した。
 歩度を緩めることなく壁に近付くと、筋のように入った切れ目が一瞬で四角い空洞になり、僕はそのままそれを潜った。
 次は闇。
 即座に脳が視覚モードを暗視に切り替える。空間の中央でセルリアンブルゥに淡く発光する巨大なシステムが、僕の総て。
 コントロオルパネルはシステムが正常に稼動している事を示している。定期的に鳴る電子音が心地良い。いつも通りに。
 君は眠っている。
「まだ目覚めてはくれないんだね、」
 シンメトリィに配置された数々の機材。その真ん中に配置された厚い玻璃(ガラス)の水槽。満たされた液体がこの空間の唯一の光源で、無機質な機械たちに同じセルリアンブルゥの揺らぐ影を落としていた。
 時折、水槽の底から立ち昇る気泡が、中で眠り続ける君の姿を包み隠す。消えやしないかと心配になった僕は、気がつけば玻璃に手を掛けていた。手のひらに伝わる温度は温く、体温のそれを暗示させるが、実際のところはシステムが自身に溜まった熱を放っているだけだ。それでも。
「その温かな腕に抱いて欲しいのに、」
 僕は僕の身体を抱く。冷たい指先が肱に触れて息を呑んだ。
「もう、充分に待ったでしょう。永遠とも思える時間、僕は君を待ち続けたんだから。」
 目覚めて眠るまで、僕は君のことばかり考えているのだ。君の傍から離れず、セルリアンブルゥに照らされ、厚い玻璃に想いすら阻まれながら。
 液体に身体を預けて佇む君。届かない想い。
 突然、システムの動作音が右と左の鼓膜を同時に響かせる。耳障りな警告音が水槽の液体を細かく振動させた。水泡が立て続けに沸き起こる。君が僅かに応えた気がした。
 君を待つことだけが僕の存在意義。それなら。
 君が目覚めてしまったら。
 君のその手に抱かれたなら。
「――、」
 液体の排水が始まろうとしていたシステムを、強引に停止させる。僕のこの行動に対する不満の声が、両側の制御機器から降り注ぎ、一定のリズムを刻んでいたはずの電子音が連続して鳴り続けた。
 いつになく喧(かまびす)しい時間が流れ、ゆっくりと開かれた君の唇が最後の泡を吐き出す。そしてそこには、いつも通りの闇と眠り続ける君が遺(のこ)った。 
「僕は君を待っていたいんだ。」
 玻璃に頬を付け、セルリアンブルゥの中の君を抱き締める。強く、君を想いながら。



 僕は永遠に君を待ち続ける。






‥了
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