僕が君と一緒に居るようになってから、もうどれだけの時間が過ぎたのだろう。僕は毎日のように君の家へ迎えに行き、二人で植物園を散策したり、自然史博物館を巡ったりした。君が楡の木が好きで、虫入り琥珀を手に入れた事を僕は知っている。その他にも経過した時の流れの分だけ、僕は君を理解しているのだ。
 しかし、君は僕の何ひとつだって知りはしない。好きな花も、好きな鉱石も、僕の家も、僕の名前すらも。
 一番最初に出逢った時に僕は君と約束をした。
「いいかい、君は僕の事を何ひとつだって訊ねてはいけない。」
「どういう意味、」
 秀麗な眉を僅かにひそめて、君は小さな声で最初で最後の質問を口に乗せる。
「僕の事を知ってはいけない、と云う事だよ。」
「解った。」
 聡い君は僕の内に在る澱んだ部分に気付いたのかも知れない。それでも紅く艶やかな唇を結んで了承した。何もかもが始まる合図でもあった。



「じゃあ、またね。」
 僕はそう云うと、君を吹っ切るように踵を返して歩き去る。
 君が声も掛けられずに立ち尽くすのを、風が吹き抜けられずに居る音で感じた。



 禁止の誘惑は許可の誘惑より遙かに甘い。



 そして次の日。
「じゃあ、またね。」
 君の一切を払い除けるように、いつものように遠離(とおざか)ろうとした。
「……ぁ、あの、」
 咽で堰き止められた君の言葉等、背中に絡みつく空気の振動で解った。
 ほら、もう、君は耐えられない。
「何か、用、」
 婉然と振り返った僕を見て、君は両手で自分の口を押さえる。溢れ出した想いは元には戻らないのに。そして僕もまた総てを承知した上で君の奥底を引きずり出そう。時は満ちたのだ。
「別れ際に声を掛けるなんて珍しいね。どうかしたのかい、」
 殊更、柔らかく訊ねる。そうする事で君が心を許してしまうから。
「いつまで、僕は、待てば良いのか、な、」
 視線を合わせず、白く長い両の指を胸の前で絡ませながら呟く君。禁忌を犯そうとする者は、相変わらず僕を魅せて止まない。
「……、」
 僕はただ黙って、君が堕ちるのを見つめる。
「僕だって、君の、事が、知りたいんだ。」
 真摯な漆黒の瞳は水を張って潤んでいるのか。やはり君は僕の思った通りに美しかった。
「そう、」
 歓喜に震える僕はそれでも努めて平静な声を出し、君に向けて手を差しのばす。
「おいで。君に総てを教えてあげるよ。僕の家も、僕の名前も。」
「嬉しい。」
 躊躇いもなく僕の傍に走り寄る君の、細い首に両手を掛ける。驚いて目を見張る君を、僕は優しく愛おしむように、堕とす。
 声にならない儚げな息が君の唇から漏れる。
「だから云ったというのに。」



 禁止の誘惑に、堕ちたのは、君。 






‥了
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