青鈍の雲が隙間無く天(そら)を埋め、途絶える事なく同色の雨糸を垂れる。灰白に煙る風景は何処か曖昧で、時間を置き去りにしてただ其処に在った。
「この雨が止んだら、」
 誰に云うでもなく独りごちる。止んだら――、どうだと云うのだろう。永く降り続ける雨に、そろそろ辟易してきただけなのかも知れない。湿気と共に僕の中に折り重なっていく憂鬱。手にしたグラスの中の透明の曹達水が硝子に注された薄い黄緑に染まった様を見て、重苦しさを逃そうとしてみた。

 カロン

 氷が鳴る。何処か金属質な音にノイズのような雨音が閉ざされた。天井近くの明かり取りの窓に不規則の並ぶ水滴が乱反射する。いくつもの水の凸面鏡に照る向こう側では、薄く張った銀鼠の雲が次第に透け始めていた。
「雨が止んだら、この瞳(め)に、」
 乾いて温かい温度を頬に感じて囁く。浅葱の空気が僕を浄化していくようだ。
 滲み出す空色は徐々に光と濃さを増し、碧瑠璃の大気に変わる。
 蒼天を横切る可視光線のスペクトル。単一色の梅雨が明ける。原色が眩しい夏の日。
 その全ての色を、僕は知らないけれど。
 僕の目は色を見ない。
 僕の世界は明暗だけで存在する。

「この瞳に、虹を――、」






‥了

千文字世界―色彩の魔術―への参加作品
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