「じゃあ、向こうで。」
 そう言ってシアンと学校で別れてから二時間後。僕は使い慣れない環状バスの所為で、思い掛けないほどの時間を無駄に過ごしていた。疾うに半周は過ぎただろう。
 逆回転のバスにさえ乗っていれば、もう目的地には到着していた筈。外を流れていく景色を、窓枠に頬杖を付いて恨めしげに眺める。耳元の規則的な腕時計の秒針の音を、自分の心臓の音が追い越していった。
 漸く最寄りの停留所に到着した僕は、慌ててタラップを降りるとそのままの勢いで駆け出した。
「……此処、は、」
 気付いた時には自分が何処に居るのかさえ判らなくなっていた。記憶を頼りに進めていた足が止まる。不意に込み上げる不安。
「――こんな事だろうと思った。」
 俯く僕の靴先に見知った靴が向き合って揃う。驚いて顔を上げると、目の前に逢いたかった、君。
「シアン、」
 僕より少し背の高い彼が、腰に手を当てて首を傾けるように覗き込んでくる。
「環状バスを乗り違えた、」
「うん。」
 正直に答えるより他にない。
「降りた停留所が道の反対側だって云う事には気付かなかった、」
「……あ、」
 バス通りは広い道路で中央分離帯を挟んでまるで違う景色だった事に、今更になって気付く。急いでいたとは云え、自分で迷いに行ったようなものだ。
 シアンが頭の上で呆れたように肩を竦めて、溜息を吐くを感じる。
「エル。これをあげるよ、僕の為に。」
 そう云ったシアンは黄水晶(シリカ)の瞳を細めて、ふわりと笑んだ。その笑みにほっとしたのも束の間、僕は云っている意味が解らず、ただ掌に押し付けられた菫色の鉱石を見つめる。
「菫青石(アイオライト)。僕の元に迷わず辿り着けるように。」
 菫青石ごと手を握り込まれて、引き寄せられた。大きく跳ねた僕の鼓動をシアンの指がそっと撫でる。
「もう、間違えるなよ、」
「うん。」



 迷わない。





 深い蒼が僕の中に刻み込まれた。







‥了