僕と君の間に境界なんて要らない。

 喩え其れが透明な壁でも――。










 二時限目が終わった休み時間、教室の自分の席で頬杖をついていると、急に視界が暗くなる。机の前に立ったのは漸く登校して来た彼だった。
「……理清、どうしたの、」
 見慣れない姿に思わず訊ねる。
「仕方ないだろ、右目の具合が悪くてコンタクトが嵌められないんだ。」
 本意ではないらしく、予定外の状況にいちばん困惑しているのは彼なのだろう。声色にそれが出ている。
「ふ、ん……。」
 眼鏡の理清は初めてだった。白銀色の細いフレェムに顔の輪郭を微妙に歪めるプラスチックレンズ。琥珀の瞳が白く反射するレンズの所為で見え難い。
「なんだよ、そんなに可笑しいかい、」
 云われて長い時間、理清の顔を見つめていたらしいことに気付く。慌てて逸らせた僕の眼を、彼は眼鏡越しの視線で掴まえにきた。逃げたことで恥ずかしくなり、眼を合わせるタイミングを逃す。
「……架乃、」
 真っ直ぐに向けられる声と眼差し。掴まったのは視線とココロ。
「なんか、別人みたいで……、別に可笑しかった訳じゃ……、」
「……惚れ直したんだ、」
「……っ、」
 濃茶の虹彩がくっきりと浮かぶ琥珀色の瞳が少し細まって、続いて容のいい唇の片方の端がクイ、と上がる。いつもの理清。普段通りの。
「僕から見える架乃は、いつもと同じさ。どこも違わない。」
 理清が机の角に手首を置いて僕を見下ろしてくる。彼が少し首を傾げると、亜麻色の前髪が眼鏡のフレェムに触れた。近すぎる距離で見上げて、心臓が跳ねる。
 僕の動揺なんかお構い無しに頬と頬が触れ合う場処で止まる時間。理清の吐息が僕の耳をくすぐった。



「安心して、キスするときは外すから。」






‥了
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