邑(むら)は極彩色の花弁に彩られ、濃い薫りに埋め尽くされる。
 昼間の気温に草木が茹だり夜を待ち望み、天を流れる河に涼を求める季節。



 大気の大半を占める臭気は呼吸を奪うほどだ。僕等は葉脈を何枚も重ね合わせた用具で呼吸を助け、溜まった香を蹴散らして歩く。
 地上に留まる香は腐敗が早い。このまま放置しておくと、次の花芽に影響が出てしまう。その為に北天の二重星が蒼と黄の見事な対比を見せるこの時期、広場の噴水の周りが慌ただしくなった。地面を這うように漂う重い花の香を水柱に載せて空中に撒くのだ。
 夜の群青が天幕を染め上げ、噴水から止めどなく吹き上がる水流が独特の発光を示し始める。
「さあ、七夜目の薫水だ、」
「蒼玉と黄玉が重なる場処へ向けて、」
 声を合図に噴水の水量が増し、真っ直ぐに天へと昇る透明な途(みち)。連なって巡る二つの星が天に届いた薰水の途の先端を掠め、細かい欠片となって邑全体に降り注がれる。欠片ひとつずつに沁みた薫りもまた、宙で弾けて踊っていた。
 皆で浚った香が浄化され微少な霧になって降り注ぐ様は、天の河から溢れた星が降るようで目を奪われる。



 閨(ねや)に戻っても其処此処から淡い、花と水と星の薫りがした。






‥了
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