碧い大気の隙間を縫って、静かな秋風が頬を撫でる。色彩(いろ)鮮やかな時節が過ぎてゆくのを感じた。
「ああ、花を、」
 花を氷室に寝かさなければならない。

 これから来る花の無い時間と、花咲く時間の為に。

 一人語散(ひとりごち)てゆるりと立ち上がり、閨(ねや)を出る。さっき触れた風が嘘の様な、まだむせ返る程の気温が辺りに充ちていた。
 郷(さと)の中央にある庵にはもう数人の花守人(はなもりひと)が集まっていて、次々に花心(はなこころ)をその手で凍らせていく。黙々と珠を作る彼らに交じって、僕も宙を舞う花心を捉えては氷に閉じ込め続けた。
 どのくらいの時をそうしていたのか。
 纏わり付いていた花心が失せ、庵の中の空気が次の季節の色に移り変わった。花守人たちはそれぞれに自分の閨に戻って行く。僕も冷えた指先をポケットに入れて皆に倣った。
 閨にはまだ去り往く温度の残り香が留まっていたけど、時機にこれも消えて無くなるだろう。
 玻璃(ガラス)のコップに透明な水を張り窓枠に置く。僕はそっとポケットから手を抜くと、ひとつだけ持ち出した凍った花心を水に落とした。



 花心は外の光と中の灯を乱反射しながら水底に沈み、ゆらゆらとその精気を漂わせながら再び花開く。同時に金属の触れ合うような音が水面に波紋を描いた。






‥了
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