舗(みせ)の中はそれぞれに歯車が巡る音で溢れかえっている。どれをとっても同じ律動で流れを刻むものは無い。それでも煩く感じないのは、同じ時間を過ごしてきたからであろうか。それとも体内で自由に刻む流れと重なるからだろうか。
 そんな取り留めの無いことを考えつつ舗先を眺めると、引き戸の磨りガラスの向こうに小さな影が映った。立て付けの悪い建具がカタカタと鳴って戸が開く。入ってきたのはくるりと巻いた冠羽が可愛らしい小鷺の少年だった。
 彼は壁に掛けられた時計を見回して、ゆっくりと、そして不安そうに此方を伺う。
「秋を告げる時計は在りませんか、」
 思いの外はっきりした声で問われた。時計云々ではなく、別の何かを受け容れる決意をしたような声だ。
「秋を刻む時計で御座いますか、」
 確認するように問い返せば、真っ直ぐに此方に向き直って答える。
「ええ、秋を知らせてくれさえすれば良いのです。」
「一季節のみを知らせる時計で御座いますか――、」
 舗内の時計は全て記憶しているが、一季節のみを告げる時計は置いていない。季節の巡りを知らせる時計なら、確か奥の陳列台の左から三つ目に在った筈だ。
「大変申し訳ありません。生憎、現在手元に御座いません。」
 小鷺の少年は一度だけ肩を振るわせると、視線を下げて小さく了承の声を発した。あまりの落胆ぶりに声を掛けるのが遅れそうになる。
「しかし、ご入り用であれば御用意致します。」
 そう、この舗に置いて在るのは一品一品手作りの時計。お客様のご希望の流れを計る時計を必ず御用意できるのが自慢なのだ。
 途端に明るい表情を見せてくれた彼の冠羽が軽やかに跳ねる。但し、今回の此は部品が特殊だ。一番肝心な秒針が難しい。
 奥の勘定台に紫紺の天鵞絨布を敷き、細かな部品を並べていく。
 歯車。
 撥条。
 香箱。
 長針。
 短針。
 興味深げに部品のいちいちを見詰めていた少年に、足りない部品が在る事を伝えなければ。
「ご覧の通り、秒針に成る部品が手元に御座いません。」
 急ぎでなければ手に入れる事も出来ようが、彼は何処か切羽詰まった感がある。案の定、身を乗り出すようにして勘定台の上の両手を握り締めた。
「其れはどんな材料ですか? 僕に探す事は出来るでしょうか?」
 漆黒の丸い瞳が微かに揺らぐ。其の目からは強い想いが窺えたが、その分返答に窮する事になった。
「其の時計に使う秒針は、真っ白い雲母で出来た風切羽でなくては成りません。」
 極力、平静を装って答える。真っ白い羽根をした小鷺の少年に。
 しかし彼は、とても静かに、そして凛とした声音で問い返してきた。
「僕の初列風切羽でも構いませんか、」
 確かに小鷺の風切羽なら申し分はない。白さも、先端の形も。だが――、
「風切羽を無くす事が何を意味するのか、失礼ですがご存知ですか、」
「飛ぶ事が出来ても、僕は彼を追う事は出来ない。」
 漸く合点がいった。秋を告げる時計が要る理由。風切羽すら要らない理由。
「夏鳥が往く時を知りたいのですね、」
 彼は大きく頷いた。
 往く時を知りたいだけで、来る時は知りたくないのは期待を裏切られるのが怖いからだろう。往くまでの間を一瞬も逃さず、一緒に居られれば良いのだ。
 少年は無言で上着の合わせの内側から、白く先の尖った初列風切羽根を取り出すと、天鵞絨布の上の部品に並べた。
「宜しくお願いします。」
「かしこまりました。では、早速――。」
 まずは雲母を羽根に染み込ませなければ。小鷺の少年が見守る中、慎重に時計の構築を始める。
 窓の外の暮れるのが早くなった天を、亜麻鷺が飛んでいくのが見えた。少々急がねばならない。






‥了
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