鋭角に冴えた冷気が寝台の上に差し込む。明け方独特の澄んだ空気が僕を夜から引き上げた。
 床に足を下ろすと冷たい感覚が踵から一気に全身を駆け巡り、厭でも目が覚める。僕は一度身震いして、そそくさと身支度を整えた。



 外は朝日を浴びた箇所から順に暖まっていくかのようで、一足ごとに体感温度は異なっている。小走りに待ち合わせの場所へと急いだ。
 目の前にレフ板のように光る大きな湖が開ける。風が無く張り詰めた水面が、湖畔に佇む僕の姿を映した。
 程なく彼はやって来た。
「やあ。」
「やあ。」
 お互いに軽く手を上げていつも通りに挨拶を交わす。実際には声は無く、微笑むだけの静かな僕等の逢瀬。愉しいことと賑やかなことはまるで別のものだと、再認識できる時間。取り留めの無い話題に、僕等は肩を竦めて笑い合った。
 時折、僕等が投げ入れる小石や草の欠片が水面を揺らす。現れ、重なり、滲んで消えていく波紋。透明で見えない、けれど、確かに存在する水の在り様。
「まるで僕等のようだね、」
「まるで僕等のようだね、」
 僕等は同時にそんな事を云った。

 ざあぁ……っ。

 強い風が吹いて湖の表面が風上から押されるように波立っていく。
「それじゃあ、また。」
「それじゃあ、また。」
 僕等の間で最後の大きな波紋が、水音と一緒に拡がって失せた。
 帰って行く彼の後ろ姿を、透明な漣(さざなみ)越しに見送るのは、僕。






‥了
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