この街の、何処より澄んだ天(そら)の傍で、

 僕の想いを受け取ってもらうよ、絶対――。










「……理清は?」
「さあ、いつもの所じゃあないか、」
 教室をぐるりと見渡しても見慣れた亜麻色の髪を見つけきれずに、近くにいた級友に声を掛ける。返ってきた答えはある意味予想通りで、僕はなんとなくほっとしていた。
 軽く礼を云って教室を出る。小走りに廊下を進みながら窓の外に目を向けると、眩しい碧(あお)が天(そら)いっぱいに広がっているのが見えた。
 渡り廊下を通り、別棟の階段を突き当りまで登りきる。そこには古びた立ち入り禁止の札と錆びて重い鉄製の扉。鍵は壊れてるのか壊したのか、札を嘲笑うかのように音を立てて開いた。
 新鮮で透明な風が吹き抜ける。僕の中が浄化された気になるその瞬間が心地良い。大きく息を吸い込んでから、屋上に踏み出した。
 人が入ることを想定していないこの場所は、周囲に無粋なフェンスもなく、天の色をそのまま天幕と壁紙にしたようで僕と彼のお気に入りの場所だった。
「理清……、」
 給水タンクを見上げて声を掛ける。ふわりと影が揺れた。
「上がってこいよ、架乃、」
 命令口調なのに不快でない理清の声が、風に乗って舞い降る。彼の誘いに魅かれるように、僕はタンクの壁に申し訳程度に設えられている梯子に手を掛けた。
 一段上がる毎に空気が冴える。高くなっていく視界とは別に、鼓動が早くなっていくのが分かる。理清に聴こえてしまうかもしれない。
 梯子が途絶え、タンクの上を覗いた瞬間に悪戯な視線が僕を捉えた。
「待ってたんだ、」
「……びっくり、した、」
 一度大きく鳴って止まりそうだった心臓と、出なくなりかけた言葉で不平を云ってみても、理清はくすくすと笑うだけでまるで気にも留める様子はない。そしてタンクの上に上がる事もできず、梯子で立ち往生する僕を見下ろしながら、理清は自分の唇を軽く指先で辿った。
「手を離すなよ、危ないから。」
 至近距離に理清と碧。天を背景に光る輪郭。逆光の中、濃茶の虹彩がくっきりと浮かぶ琥珀色の瞳が少し細まって、続いて容のいい唇の片方の端がクイ、と上がる。
「……、」
 見惚れる間も無く、僕の目は理清を見失っていた。それなのに感じる唇に体温。



「僕からは逃げられないよ。架乃、」






‥了
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