もっと傍に居て。

 その距離さえ、僕にはもどかしいんだ――。










 陽は落ち、天(そら)は濃紺に染まりつつある夕暮れ。
 まだ、昼間の温度を保ったままの部屋に、僅かな涼を招き入れるように窓を開ける。窓枠を境に内と外の気温はさして変わらず、僕はせめてもの抵抗に、身体の中の暑苦しい空気を吐き出した。
「どうした、溜息なんか吐いて、」
 隣の窓が音も無く開いて、理清が顔を出す。涼しそうな声色に反して、襟足に掛かった亜麻色の髪が首筋に貼り付いていた。
「なんでもないよ。夜だって云うのにいつまでも暑いなあ、と思って。」
「ふうん、」
 何か企む風に静かに微笑むと、視線で其方に往ってもいいかと訊ねてくる。僕も同じように目線を下げ、了承した。同時に閉まる彼の部屋の窓の音。
 扉を見つめながら窓枠にもたれて理清を待つ。いつもよりも時間を掛けて開く扉から覗いた彼の瞳が、外の夕闇を含んで酷く冷たく見えた。
「架乃が機嫌が悪いなんて珍しいね。理由は見当が付くけど。」
 言い寄る理清を直視できずに思わず天(そら)を振り返る。途端に窓と彼の両腕に囲まれ逃げ場を奪われてしまった。
「仕方ないだろ、今日の美術の題材は『友達』。架乃の事なんか描けない。」
「僕は理清の事を、」
 思い出したくなかった悔しさが咽に詰まる。完成された理清の作品に居たのは、僕ではない級友だった。
「僕は架乃の友達なの、」
「……違うの、」
 不安が目の奥を刺激した。
「友達で、いいのかって訊いてる。」
 彼が何を言っているのか理解できずに、ただ呆然と見つめ返すだけの僕を少しだけ高い位置にある理清の視線が見下ろす。ゆっくりと触れ合わされる頬から伝わる体温に、心臓が大きく跳ねた。
「友達じゃなかったら、何、」
 心の隅に過ぎる名詞を見なかった事にして、震える声で問いに問い返す。でもそれは彼の作戦で。
「そんなの――。」
 僕が何に躊躇ってるのか、総てお見通しの理清。濃茶の虹彩がくっきりと浮かぶ琥珀色の瞳が少し細まって、続いて容のいい唇の片方の端がクイ、と上がる。いつもの自信たっぷりの、少し挑発的な笑み。
 そしてその表情のまま、左手の人差し指が僕の咽から真っ直ぐに辿り下り、鳩尾を軽く突いた。



「架乃自身に訊いてよ。」






‥了
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