―water temperature―


 からからに乾いた砂浜は、空に向かって無理矢理に引きずられていく陽炎で歪んでいた。

 今日もまた、彼がやって来る。
 ただ独り、海に、海の向こうに沈んだ、誰か、僕の知らないものを求めに。




―atmospheric temperature―


 太陽が投げつける熱線は僕の皮膚を突き抜け、内部に留まり続ける。そして体温と触れ合う事で増幅され、『暑い』という言葉と共に外へ出ていった。『暑い』と言う毎に周囲の温度は上がり、そしてまた息を吐く。
 砂浜からの照り返しで、僕は天地の位置を把握できないままその場に立ち尽くしていた。
「このまま記憶までもが蒸発してしまえば、僕は救われるのに。」
 彼が逝ってしまった海を、僕はずっと見つめ続けていた。

 灼熱夏に侵されながら。

 他に何も見ず、ただ彼だけを。




―water temperature......again―


 僕の彼への想いは、この生温い水の中に閉じ込められていた。外界(そと)は僕を拒み、僕の呼吸を妨げる。
 天井である波打つ青い水は、僕と彼とを隔てる唯一で、しかも完全な壁なのだ。

 彼の、陽を浴びて輝く髪に触れられたら、褐色で滑らかな肌を抱きしめられたら、いつもきつく結ばれた薄く艶やかな唇を感じられたら、その唇を割り、僕のこの激情を奥深くまで埋め込む事ができたら……。
 彼に瞳に映る事さえ叶わないのに、僕はきっと、灼熱夏に侵されている。

 水に棲む僕が夏の気温の激しさを知らないように、彼は僕の棲む水の温度を知らない。
 そして、彼は僕の存在を知らない。




 零れた涙は海の水と交じり合い消えていく。
 誰も気づかず、誰にも気づかれず。
 ただただ、消える。
 消えるだけ。
 海にも沈めず、天にも昇れず。
 灼熱夏の想いと共に。






‥了
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