地下鉄のプラットホームはいつも生暖かく、11月だと言うのにじっとりと汗が出る。電車が来るのを待ちながら、ホームの先にある暗いトンネルを見ていると、徐々に狭くなる黄玉(トパァズ)色の燈りが僕の視線を誘っている。自分の立っている場所を見失って吸い込まれていきそうだ。
 暫くするとトンネルの奥から低い音と、ホームの中の空気を掻き混ぜる不快な風がやって来る。その後を追うように電車の到着を告げる電子音が響きだした。
 滑りこんだ電車のドアが開くのを待って、車内に入る。途端、背中を軽く押された。
「やあ、」
 降り返るとそこには少しだけ息を切らしたシアンがいた。
「一人で帰るなんて、水臭いじゃないか、」
 黄水晶(シリカ)の瞳に意地悪な笑みを載せて僕を見る。
 彼は知っているのだ。僕が帰り際に声を掛けそびれているのを。
 そう思うとどうしようもなく不愉快な気持ちになってしまって、ついつい声に棘が出た。
「君こそこんなところで何してるんだ。レスと帰るんじゃないのかい、」
 さっきまで一緒にいたはずの級友の名前を出す。
「彼は環状バスだ。一緒に帰るはずないだろ、」
 くすくすと声を立てる。気まずくて目を逸らしているにもかかわらず、シアンは無遠慮に覗きこみながら視線を捕まえにきた。
「妬いてるのかい、」
「まさか、」
 余裕無く答えた僕がよほど滑稽だったらしく、シアンは声を上げて笑う。黄水晶の中に厭味が無かったので、僕もつられて笑った。





「何処へ行くんだい。エルの家はこっちじゃないだろう、」
 規則正しい律動で走り続ける地下鉄の中で、シアンは隣りに座る僕の耳元に口を寄せて話し掛ける。
「買い物さ。」
 僕も同じように耳元で答える。
「露頭庵に行く。」
「鉱石(いし)を見に、」
「11月の誕生石を買いに、漸く小遣いが貯まった。」
「一緒に行ってやるよ。エルは鉱石を見る目が無い。」
「黄玉(トパァズ)くらい分かる。」
 思わず顔を逸らす。いくらなんでも黄玉くらいは僕にも分かる。
「そんなこと当然さ。ただ、偽者の黄玉が出回っているらしい。」
 喉の奥を鳴らして笑った後、僕の肩に手を回すと強く引き寄せる。微かに彼の柔らかい唇が僕の耳介に触れた。
「化学式上は黄玉なんだ。だから始末におえない。」
 身体を離して真剣な眼差しで僕を見る。
 心臓の鼓動と地下鉄の走行音が頭の中でぐるぐると鳴り響いた。





 僕たちは2つ目の駅で地下鉄を降り、ホームから続いている地下道を奥へと進む。地下道の両端には小さな舗(みせ)が軒を連ねていた。
 その地下道の最奥、袋小路になったところに露頭庵はある。小さな入口横の硝子ケェスの中に色とりどりの鉱石が無造作に転がっていて、舗の中は標本棚と通路とで占められていた。いつでも人影はない。僕らは当たり前のように一つの標本棚の前に立つと、硝子戸を開いて中を物色し始めた。



 中には黄色がかった幾つかの小さな鉱石が入っていた。どれも親指の先ほどの欠片で、良く研磨されて丸みを帯びている。しかし、どれ一つ取っても同じ容はなく、僕にはその中から握り具合が良く、なにより透明度の高い黄玉を捜した。
「これは、」
 握った感じが掌にしっくりきた鉱石を一つ取り、シアンに見せる。シアンはそれを長く白い指で挟むようにして自分の右眼に当てた。
「ああ、これは偽物だ。なにも見えない。」
「え、」
「やっぱり、知らなかった、」
 シアンはその鉱石を元の場所に戻すとくすりと笑う。
「黄玉は心の中を見ることができるのさ。」
 くすくすと笑いながら、次々と黄色の鉱石を右眼に持っていき、僕の顔を覗き込む。
 いくつか覗いて見て、一つの鉱石を探し当てた。
「これは本物だ、君が何を考えているか見える。」
「何を、そんな訳ない。」
「嘘だね。君はそんな事を思ってやしないよ。」
 黄玉越しに僕を見ている。瞑られた左眼の下にかかる長い睫の影に僕は息を飲んだ。





「言っただろ。黄玉は心を透かして見る事ができるって、」





「でも、」
 シアンは続ける。
「僕はこんな鉱石(もの)なくたって、エルの心は見えてる。」
 不敵な笑み。
「僕のこの眼は黄水晶(シリカ)じゃなくて、黄玉(トパーズ)だから。」







‥了
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