例えば君を残して逝かなければならないのだとしたら。

 君を残して逝くくらいなら。










 僕が意識を手に入れた時、其処には僕と君しか存在(い)なかった。厳密に云えば、奇妙な数字の羅列なら僕らの他に在る。しかしそれらからは何の意思や意味を感じられなかったので、この場処に居るのは僕と君だけだと認識して良いだろう。
 生まれたてのような、漸く見つけて貰えたような不可思議な感覚の僕を、君は優しく、穏やかに、温かく、そして憐れむような瞳で迎えた。
「もう、そんな時が来てしまったんだね。」
「君は誰、」
 初めて発声する僕の音は喉と胸骨を震わせる。背骨の辺りがぞくりとした。
 僕の問いに君は少し小首を傾げてにこと笑う。
「僕は11。はじめまして、12番目。」
 それからほんの僅かに目を伏せ、消え入るように呟いた。
「そして、さようなら。」
 耳を疑う。
 此処には僕と君しか存在しないのに。
「何処かに往ってしまうの、」
「ああ。僕は逝かなければならない。」
 独り残される不安が僕の内部を占める。
「僕が12番目なのだとしたら、13番目はいつ来るの、」
 君が逝く事よりも、孤独になる恐怖に動揺している僕を、少し困ったように一瞬だけ目を逸らしてから真っ直ぐ見つめ直した。
「13番目は来ない。君は独りで此処に残り、独りで逝くんだ。」
 断定された僕のこれから。
 たった独りで。
 誰とも触れ合わず。
 知らずに頬が熱く濡れた。君の顔が見えない。だからこそ、恨み言が云えた。
「そんな事なら、意識など得たくはなかった。」
「そうだろうね、」
 そう云うと静かで穏やかな笑みを浮かべて君は、ゆっくりと僕の首にその手を掛ける。徐々に指先に込められる想い。
 でもそれは呆気無いほどあっさりと解かれる。
「……結局は許される筈は無いのだけれど、ね、」
 痛々しげに微笑んで、君は遠い過去を眺めた。
「僕も10番目までのように、何も考えず、何も思わず、ただ其処に在るだけのもので居たかった。」
 哀しい独り言。
 淡々と。
「『じゅういち』という名の禽が居るらしい。その所為で僕は今までと違ってしまったのかもしれない。」
「え、」
「『慈悲心鳥』と云うんだ。そんな名で呼ばれる彼らももしかすると、」
 続きを待つ僕にそっと笑んだ君は、ゆっくりと首を横に振って言葉を呑み込んだ。
「永く一緒に居すぎてしまった。残して逝くくらいなら、早く消えた方が良いのに。」
 霞んで逝く君の姿に、僕は精一杯の笑顔を向けて告げる。
「禽はきっと、その名を枷とは思っていないよ。」
 君は驚いたように目を丸くして、そして、初めから其処には何も無かったかのように、逝った。
 何も無い空間に独り残された僕は、君を想う。
 消え逝くその日まで。
 ずっと。










 11月の後を追うように駆け足で12月が通り過ぎて逝く。






‥了
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