カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
映写機のフィルムリールが空回りする音で目が覚める。銀幕にただ白いだけのランプ光と、暗幕の隙間から差し込む銀色の朝日が映し出されていた。
なにもない銀幕は僕の心と同じで、空っぽのまま其処に在る。映写機はひたすらに過去を繰り返す。君が居た、時間を。もう乾いてしまった涙の痕を指先で辿ってから、映写機を止めた。
闇が埋める部屋の中を一条の光が通り過ぎていく。暗い松葉色の暗幕を開き、眩しさに目を細めて窓を開け放した。思いの外、朝焼けが目に沁みなくて、ゆっくりと視界を広げる。
「霧が――、」
外界では空気中の水滴が乳白色の帯となって漂っていた。庭の寒椿の花すら覗うことができない。
それは、まるで。
銀幕のようで。
朝霧に融ける人影に息を呑む。
近付いてはっきりした面差しに胸が締め付けられる。
其処に君が居ないなんて、思いもしなかった。
玄関に回った僕を迎えたのは、間違いなく君で。フィルムの中と同じように少しはにかんで立っていた。
「逢いたかったんだ。」
駆け寄ろうとする僕を右手で制した君が口を開く。
「ちゃんと別れられなかったから。」
耳慣れた声が届き、君は上げていた右手を真っ直ぐに伸ばした。その細く長い指先で僕の後ろを指し示す。それが銀幕と映写機を指しているのは明かで。君から視線を逸らせない僕を見る瞳が哀しく揺れた。
「いつまでも虚像を追っていてはいけない。」
「でも、」
言い訳は欠片も受け取っては貰えなかった。
「想い詰めないで。思い出してくれるだけで良いから。」
霧が晴れていく。
透明になって、君も逝く。
僕は此処に在る。
君を心に映して。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
フィルムをリールに巻き取る音が聞こえた。
‥了
映写機のフィルムリールが空回りする音で目が覚める。銀幕にただ白いだけのランプ光と、暗幕の隙間から差し込む銀色の朝日が映し出されていた。
なにもない銀幕は僕の心と同じで、空っぽのまま其処に在る。映写機はひたすらに過去を繰り返す。君が居た、時間を。もう乾いてしまった涙の痕を指先で辿ってから、映写機を止めた。
闇が埋める部屋の中を一条の光が通り過ぎていく。暗い松葉色の暗幕を開き、眩しさに目を細めて窓を開け放した。思いの外、朝焼けが目に沁みなくて、ゆっくりと視界を広げる。
「霧が――、」
外界では空気中の水滴が乳白色の帯となって漂っていた。庭の寒椿の花すら覗うことができない。
それは、まるで。
銀幕のようで。
朝霧に融ける人影に息を呑む。
近付いてはっきりした面差しに胸が締め付けられる。
其処に君が居ないなんて、思いもしなかった。
玄関に回った僕を迎えたのは、間違いなく君で。フィルムの中と同じように少しはにかんで立っていた。
「逢いたかったんだ。」
駆け寄ろうとする僕を右手で制した君が口を開く。
「ちゃんと別れられなかったから。」
耳慣れた声が届き、君は上げていた右手を真っ直ぐに伸ばした。その細く長い指先で僕の後ろを指し示す。それが銀幕と映写機を指しているのは明かで。君から視線を逸らせない僕を見る瞳が哀しく揺れた。
「いつまでも虚像を追っていてはいけない。」
「でも、」
言い訳は欠片も受け取っては貰えなかった。
「想い詰めないで。思い出してくれるだけで良いから。」
霧が晴れていく。
透明になって、君も逝く。
僕は此処に在る。
君を心に映して。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
フィルムをリールに巻き取る音が聞こえた。
‥了
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