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	<title>◆書棚 - 月乃猫書房</title>
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	<description>千文字程度の闇色幻想掌編。所謂女性向注意。</description>
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		<title>白桜</title>

		<description>「桜の木の下には死体が埋まっているんだ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 「桜の木の下には死体が埋まっているんだよ」
　そう云って玻璃の三日月のように薄く笑った君を、僕は忘れる事が出来ない。
「今年の桜は遅かったから、今頃、満開だね」
　堤防沿いに並ぶ桜の木々を見上げながら、君が静かに呟く。強い風に嬲られて、薄桃の花片が散り散りに舞っていた。
君の髪に花片が何枚も引っ掛かっている。手を伸ばす僕を制し、逆に僕の方へとその細い指先を向けた。
「君によく似合ってる」
　指が僕の髪を梳き、耳朶の形をなぞって離れる。ぴくりと大きく僕の肩が跳ねるのを見て、君はくつくつと咽を鳴らした。
　桜吹雪の中、白磁の膚を染めて艶やかに笑む君は魅魔のように綺麗だ。僕は呼吸を忘れて彼に見蕩れていた。
「桜の木の下には死体が埋まっているんだよ」
　君が僕の耳元へ唇で触れて囁く。甘い吐息が僕の内側を痺れさせた。
　ざわりと背中を何かが駆け上がる。突然強くなった風が視界を白く塞いだ。
「この桜並木には一本だけ白い桜の木があったんだ。君と一緒に見たから、憶えているだろう？」
　君とふたりで並んで歩いた小径。薄桃色の帯のように連なる花の中、ぽつりと白く光る樹を僕は確かにこの目で見ていた。
　強く吹く風の中、白い花片を僕はとても不思議に想い、君に問い掛ける。
「どうしてこの樹だけ染まらないんだろう？」
「染まったよ」
　風が一層強くなり、耳を打つ。視界は白から黒に変わり、しんと冷たい温度に囚われた。
　君の声が遠くなり、僕は闇に包まれる。
　僕はきっと何かを忘れている。
「思い出して」
　白い桜の下で君が笑った。
　ああ、僕は。
　僕はあの時、君の手で。
　　　
「桜の木の下には君が埋まっているんだよ」


　･･了 ]]>
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		<dc:date>2017-05-01T13:34:48+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>蜂蜜糖</title>

		<description>　灯りの無い、暗く冷たいコンクリートの…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　灯りの無い、暗く冷たいコンクリートの階段を一段ずつ下りていく。革靴の底が立てる高い音が、狭い空間に反響した。
　階段を下りきると鉄製の扉が有り、硬く閉ざされた其れは持ち主である僕すらも拒絶する様だ。
「確かに、そうかも知れないな、」
　独りごちて鍵を手にする。少し錆びた飾り彫りの鍵は僕の命より大事で、何よりも大切な物を隠す鍵だ。

　カチリ。

　ドアノブの下、鍵穴に挿した鍵を捻ると重い音と共に扉が開く。中から甘い薫りが溢れ出してきた。
「――扶けて、」
　か細い声が僕に懇願している。綺麗な音階の様な声。僕の大好きな君の、絶望を孕んだ声音。思わずうっとりと聞き入ってしまう。
　僕はその声に引き寄せられて、部屋の中に入った。中央に設えられているのは玻璃で出来た棺で、その端には大きな木樽が傾けられている。
「――赦して、」
　棺の中からの声が僕を呼ぶ。僕はその声に身を震わせると、棺の傍へと駆け寄り、中を覗いて跪いた。
「扶けて、」
　棺の中に横たわる少年は焦点の合わない視線を彷徨わせる。瞳孔の開いた黒曜石色の瞳は僕も映さない。それでもその色を維持出来るなら、仕方の無い事だ。本当なら最期まで僕を見続けていて欲しいのだけれど。
「怖ろしい事はもうすぐ終わるよ、だから、微笑んで、」
　そう云って彼の頬に触れ、静かに唇を被せる。甘い。
　苦痛に歪む貌も棄て難いが、やはり笑んでいてくれた方が僕も幸せだ。黄金色のとろりとした液体が、棺の中の半分程を埋めようとしている。少年の足元に有る木樽から流れ落ちる蜂蜜。それは彼の軀も顔も直に覆い尽くすだろう。蜂蜜の重さで身動きが取れず、辛うじて動く薄紅の唇は僕に赦しを請い続けている。何故？
「君は此処で僕の永遠になるのに、何をそんなに怯えているんだい、」
　玻璃の中で黄水晶の結晶と成る君。その姿を永遠に留めておける幸福。何処にも怯える要素は無いじゃあないか。
　音も無く緩やかに、蜂蜜が少年の顔を浸食していく。
「……っ。」
　薄く開いた少年の唇が大きな気泡を吐き出す。白磁の肌が黄金に輝いた。
　棺の縁まで溜まった蜂蜜は波立つ事も無く、凪いで内包した少年を美しく標本にしてくれる。彼はその皮膚の感触も生きた時と同じまま、腐敗もせずに僕の傍にずっと在り続けるのだ。
「黄水晶と謂うより、琥珀の様だね。」
　少年の唇の辺りの蜂蜜を、指で掬って舐める。それは甘露の甘さで僕を包んだ。
　最期に君が吐いた気泡が何と云ったのか、僕には聞き取れなかったのが少し心残りだった。





・・了

 ]]>
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		<dc:date>2014-08-03T22:54:07+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>廃用性症候群</title>

		<description>　温度の無い、針のような雨が降っている…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　温度の無い、針のような雨が降っている。痛みは感じなくなって久しいが、内部が放電して痺れる感覚だけが残されていた。
　此処に廃棄されてどれだけの時間が経ったのだろう。
　僕はとある家に買い取られた。その家の少年の遊び相手としてだ。幼かった少年は僕をとても気に入ったようで、片時も離さずにいた。残念ながら僕にはもう、少年の顔さえ思い出せないが。
　暫くはあった少年特有の固執も、直に薄れていく。少年は気が変わるのも早い。新しい玩具を手に入れた頃には僕の事などすっかり忘れて放置するようになった。と謂うのも、彼の乱暴な扱いの所為で僕はもう既にあちこちに不具合が生じていて、思うように遊べなくなっていたからだ。
　動かなく、動けなくなり、放置されれば不具合は加速し、やがて修理出来ない段階まで辿り着く。僕はそうして、此処へ廃棄されたのだ。
　廃棄された当初はまだ、物珍しさもあってか、通りすがりの子供や行政のリサイクル業者が近くまで寄っては来た。しかし、前者は気味悪がり、後者は再利用価値が無いと判断するとそのままになった。それも仕方ない話で、所詮、使えなくなったから物でしかないのだから。
　雨音は指令系統からのノイズと混ざって耳鳴りにしか聞こえなくなった。躯の隅々までエネルギイを送っているはずの循環装置も寿命らしい。稼働音が薄らいでいく。徐々に末端から崩壊が始まった。
　記録回路が停止する。一瞬大きな燐光(スパアク)が辺りに拡がった気がしたが、本当のところは判らない。後に残ったのは闇だけだ。有ったはずの感覚も消えて無くなった。循環装置が軋んで止まる。僕は終わった。





「まったく、まだこんな人間が出回っていたなんて、」
「腐敗が始まる前で面倒がなくて良かった。」
　路地裏の不法投棄場所にやってきた廃棄物処理業者たちが、なんの感情も無く音声を発する。日常業務的に廃棄物を車に放り込むと、すぐさまその場を去った。





・・了
 ]]>
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-04-29T23:30:14+09:00</dc:date>
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		<title>道知辺</title>

		<description>

　数日間、雪に成りそびれた冷たい雨…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 

　数日間、雪に成りそびれた冷たい雨が降り続いた。此れが雨水かと毎日天を仰いでみたが一向にそうと感じない。暦はやはり少し急ぎ足だと思った。
　夜半から急に雨と風が強くなり、窓硝子を激しく打ち鳴らしている。蕾を付け始めた庭の木の枝が、悲鳴のような音を立てながら風に翻弄されていた。
　しかし雨は季節を進めたようで、寝台の脇の窓から差し込む朝日が暖かい。枕元の時計はいつもより早い時間を指していた。身体を起こすと窓に掛かった薄い紗の窓掛けがふわりと膨らむ。いつの間に開けたのか、薄く開いた窓の外から甘い薫りが漂ってきた。気が付けば寝台の脇に少年が一人、佇んでいる。
「誰、」
　そう声を掛けると彼は少し不思議そうな表情で僕を見つめ、それからゆっくりと頸を巡らし周囲を見やる。自分に掛けられた言葉だと思い当たったようで、漸くその小さく紅い唇を開いた。
「ああ、」
　零れた声音には驚嘆が混じっている。むしろ驚いたのは此方の方だ。
「何時から其所に、」
　僕の問いに、彼は少しだけ肩を竦めて溜息を吐く。
「君が往かないから、僕も逝けないのさ。」
「え、」
　言葉の意味が理解出来ない。ただ、彼の声音には小さな棘と少しの憐れみが在るのは解った。
「花信風が吹いただろう、そんな時節だからね。」
「時節、」
「ああ、もう啓蟄だ。直に桃が咲く。」
　桃の花が咲く。白く硬化した世界が融け、柔らかい日差しと草木が萌え始める世界へと移ろっていく季節なのだ。
「小夜嵐が君を急かしているんだ。その所為で此処まで飛ばされたという訳さ。」
　そう云って君は細く尖った指先で僕の頤を取り、額を寄せる。甘い薫りに僕は反射的に目を閉じた。唇に触れる君の温度。
「そろそろ逝くよ、」
「……っ、」
　唇の端に小さな痛みを感じて瞼を開く。
「ああ、」
　思い出した、僕の事を。僕は疾うに往かなければならなかったのだ。
　自分の指で痛みの元に触れるとぬるりと紅く染まった。僕の足元には寝台すらなく、傍に居た君も居ない。少し赤みの差した表皮に棘のある小枝だけが落ちていた。
「梅、君が知らせてくれたんだね、」
　紗の窓掛けは乳白色の霞となって宙に融け、浅葱の風にはたりと落ちる僕の紅。濃紅梅色をした道知辺の花弁がひらりと舞い降る。最後の梅が二輪、並んで落ちた。



　冬が往き、温度を伴う春がやって来る。





…了

 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-03-12T23:16:21+09:00</dc:date>
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		<title>se réaliser</title>

		<description>　鬱蒼と茂る森の中に古びた洋館がありま…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　鬱蒼と茂る森の中に古びた洋館がありました。
　古びたと云えば聞こえは良いですが、それはもう、襤褸と云って差し支えない程で、外壁を覆う蔦が無ければ崩れてしまいそうな代物で御座います。建物よりも酷い有様なのは周囲を囲む煉瓦の塀で、其処此処で歪んだり、崩れたりしておりました。煉瓦柱に挟まれた正面の門扉は固く閉ざされ、真鍮の光沢を失った蝶番は開く素振りを見せません。
　それでも尚、この館が取り壊されませずに存在しますのには、理由が御座います。
　ひとつはこの館に棲んでいる者が居ります事。
　もうひとつは其の者がどのような『願い』でも叶えてくれると謂われている事。
　勿論、叶える為には対価が必要。対価で願いを叶えるなど、悪魔の所業のような話ですが、果たして確かに其所に棲まう者の事を人々は悪魔と呼び、畏れておりました。対価とは願う者の一番大切な物であり、大切と謂う事は其れは命であり、命を賭して悪魔に願いを叶えて貰う。そんな強い願いを持つ人間の業をも悪魔は欲しているのだと。
　この洋館を訪れ、其の者に遭い、対価を支払えば、『願い』は叶う。そう云う言伝の存在が、此の洋館を存続させておりました。
　そしてまた、此の屋敷に向かう者が居ります。――『願い』を叶える為に。



　おや？
　お客様ですか？
　こんな森の奥深くまで、ようこそお出で下さいました。
　此処へ誰かが訪ねてくるなんて、何年振りでしょうか。否、何十年振りかも知れません。もう、記憶が曖昧ですが。
　門の蝶番が錆びていた筈ですが、ちゃんと開きましたでしょうか？
　え？
　ああ、そうですね。
　すっかり酷い有様な煉瓦塀の、崩れた箇所から這入れますね。お召し物を汚してしまったのでは？　御怪我は御座いませんか？
　それはよう御座いました。
　しかし、お顔の色が優れないようにお見受け致しますが、ご気分がお悪いのでは？
　まあ、此処を訪れる方に、顔色の良好な方など今までにも居りませんでしたが。
　ええ、ええ、『願い』が有るので御座いましょう？
　命と引き替えても、叶えたい『願い』が有るので御座いましょう。
　承知しております。
　存じております。
　そうでも無い限り、こんな辺鄙な場所にお越しになる筈が有りません。貴方様方人間は私を、願いを叶える為だけに存在しているとお思いでしょうから。
　確かに私は命を対価に『願い』を叶えておりました。もう、ずっと、長い永い間で御座います。
　こう見えましても私、貴方様の何十倍、否、何百倍と生きておりますので。悪魔が“生きている”と謂うのは可笑しな話ですが、永い間“死んでいた”と申してもなかなか理解し難いと思います故、そう申しました。ああ、どうでも良い事で御座います。
　申し訳ありません。
　久し振りのお客様に私、つい興奮して独り善がりをしてしまいました。貴方様はただ、悪魔と契約を結びに来ただけだと謂うのに、長々と話に付き合わせてしまいました。これも何十年振りかのお客様、会話だったからこそ。ええ、一方的に私が話しておりますので会話と謂うのは憚られます。それにしても何十年振りかに声を発したのは事実で御座います。ご容赦頂ければ幸い。
　さて、本題に参りましょうか。待ち草臥れて、すっかり『願い』の事など忘れてしまわれましたか？
　その程度の『願い』では此処を訪れたりなど致しませんね。成る程、確かに強い『願い』の様で御座います。
　貴方様の『願い』を伺う前に対価の話を致しましょう。
　対価とは『願い』に見合った代償でなくてはなりません。ですから、『願い』の強さで対価の重さも決まります。『願い』が強ければ、貴方様の命を対価に頂く事にもなりましょう。其の覚悟はお有りですか？
　素晴らしい。
　美しい覚悟で御座います。
　しかし、この度の此の契約に於きまして、私が望む対価はただひとつ。
　何、大して難しい事ではありません。寧ろ、『願い』を叶える対価ならば其れしか有り得ないと謂えるに違い有りません。
　それは――、

　私の『願い』を叶えて頂きたい。

　貴方様の願いを叶える対価は、私の『願い』を叶える事、で御座います。
　御承諾頂けますか？
　それもそうです。
　人間の貴方様が悪魔の『願い』など叶えられる筈無いとお考えですね。尤もで御座います。本当に大した事の無い、人間の貴方様なら寧ろ簡単な願いなのですが、感得せざるを得ません。
　では、こう致しましょう。
　私の『願い』を先に申し上げます。其れを聞いた上でご判断下さい。
　但し、ご了承頂けない場合の契約は不成立で御座います。お引き取り下さい。
　宜しいですか？
　思慮深いお方ですね。どうぞゆっくりお考え下さい。
　ご納得頂けましたか？
　では、申し上げます。
　私の『願い』は『森の洋館にどんな願いも叶える悪魔が棲んでいる、という云い伝えを消して』頂きたいのです。
　どうかお願いで御座います。
　『願い』など叶わないと。
　他人に叶えられる己の『願い』など無いのだと、どうか、戻って人々に物語って下さい。
　貴方様方、人間の盲信さえ無ければ、私は逝けるのです。
　この館も朽ち果てて逝けるのです。
　何も無く、亡く、失せて、終(しま)えるので御座います。
　たった独りで存在するには、果てしない程の時間を過ごしてしまいました。もう、赦して欲しいのです。
　先程も申しました通り、既に死んでいる悪魔で御座いますので、死ぬのではありません。本当に、文字通り、消滅致します。これこそが私の『願い』なので御座います。
　如何でしょう？
　嘻！
　なんと謂う事でしょう！
　聞き届けて下さるのですね！　
　あまりの嬉しさに悪魔ですが、神に感謝したいくらいで御座います。
　では私の『願い』を叶えて頂く事を対価に、契約通り貴方様の『願い』を叶えて差し上げます。どうぞ、仰って下さい。
　如何されましたか？　何故そんな哀しげな顔をなさるのです？
　さあ、貴方様の『願い』は？



「悪魔、貴方を愛しています。此の想いを受け容れて欲しいのです。」
　洋館を訪れた其の者は、悪魔の問いにそう、静かにそして凜として答えました。
　その後、『願い』を叶えてくれる森の洋館に住む悪魔の云い伝えは、廃れ、終ぞ聞く事は無くなりました。森に住む悪魔がどうなったのか、誰も知るものは御座いません。言い伝えが無くなった所為で、誰も森の洋館の存在を知らないのです。悪魔が願いを叶えていた事すら、知らないのです。知らないから、確かめに行く事も出来ません。悪魔についても同じくで御座います。
　誰も知らない物語は、誰も知らないままに。



　Ton désir s'est-il réalisé?





FIN ]]>
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-03-12T23:14:39+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>春降る雨</title>

		<description>　群青と墨色が混じり合った斑模様の天蓋…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　群青と墨色が混じり合った斑模様の天蓋から、絹糸のような細い雨が降りてくる。時折何処かの光を反射して光る雨に、最近降った流星群を思い出した。厳密に云えばその流れる星に祈った事を思い出したのだ。晴れたら直に往ってしまう君。君を引き留めたいと願った僕の想いが叶ったような気がしていた。
　一緒に居たいと願った流星群でさえ、君と見た最後の思い出になってしまうというのに。
　雨では無い、温い水滴を頬に感じながら目を閉じる。この降り方では明け方までに雨は上がってしまいそうだ。君との離別(別れ)が迫っていた。
「往ってしまうんだね、」
「君も往くじゃあないか、早いか遅いかの違いだ。」
「見送るのは辛いよ、」
「見送られるのも同じさ。」
　その言葉に、君も同じ想いでいてくれた事を知って安堵する。俯けていた顔を上げ、僕よりも少し背の高い君を見上げた。君も僕を見やる。視線を合わせた瞬間の微笑みに微かな痛みを感じながら、明日はきっと、笑って見送ろうと心の中で誓った。
　同時に天(そら)を振り仰ぐ。雨粒が消えつつあるのを感じながら、僕等は黙って朝を迎えた。
　日が昇り、足元の下草から昨夜の雨の名残が失せていく。南からの暖かい風が吹き始めた。
「じゃあ、往くね、」
「うん。」
　ざあ、と強い風が巻き上がる。目を開けていられずに伏せた一瞬、君は見送られもせず、僕は見送りも出来ず、ただ独りで往ってしまった。
　君が往った先を追うように、僕は背筋を伸ばす。
　君の傍に往ける事を願いつつ、僕は独り、此処でその時を待とう。
「流れ星への願いを此方にすれば良かった、」



　穀雨の後の澄んで柔らかく晴れた朝。
　春風は強く草原を走り、蒲公英の綿毛を舞い上げていった。綿毛を失った茎のすぐ横に、花冠を閉じた一本の蒲公英がその茎を伸ばす。綿毛を覗かせ、次の風を待って揺れていた。





・・了 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-03-12T23:12:42+09:00</dc:date>
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	</item>
	<item rdf:about="https://librairie.web.wox.cc/novel/entry91.html">
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		<title>天気雨</title>

		<description>　照りつける陽は夏のそれだというのに、…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　照りつける陽は夏のそれだというのに、下草はひんやりとした湿り気を帯びる。留まった湿気は地熱ですぐに温まるが、乾いた風に流されて体感温度を下げていく。暦が夏から秋の装いに移り変わろうとする、季節の境界が曖昧な時季。
　しかしすべてが曖昧かと思えば、河原の緑に映える朱色が凄烈に目に飛び込んできた。剃刀花の別名通り、緑色を裂いて点在する彼岸花の群体(コロニー)は、薄い刃のような花弁の一枚一枚までをくっきりと存在させている。鋭利な刃先を何枚も向けられ、冷たい汗が僕の背中を伝った。背中の不快感を払拭する為、天(そら)に向けて大きく伸びをする。秋の深く奥行きのある蒼は、確かに此処での時間が経った事を告げていた。
　長い夏期休暇の終わりを、僕はこの何も無い場所で迎えようとしている。博物館も図書館も無いが、清浄な空気だけは有るこの場所。休暇の初めのことを思えば、随分と楽に呼吸する事が出来た。そして一人、いつものように小さな小川沿いの、自然のままの河原を歩く。
「やあ――、」
　唐突な声に驚いて、自分の胸を押さえる。動悸が収まるのを待って振り返ると、見た事も無い少年が立って居た。
　目元が印象的な人懐こい笑みを浮かべた彼は、僕の緊張など気にもせず、胸に当てたままの手の甲に綺麗な指先で触れた。
「――っ、」
　その冷たさに大きくひとつ、心臓が跳ねる。
「そんなに驚く事無いじゃあないか、」
「誰かが居るなんて思いもしなかった。」
「そうかい、」
　形の良い薄い唇の両端が引き上がる。逆に目尻が下がるので厭らしくは無く、幼い子供のような笑い方だった。
「なかなか気付かないから、此方から声を掛けてしまった。」
「僕の事を知っているの、」
　震える声を抑えて問う。小川の対岸から吹き抜ける冷えた風と、脈打つ鼓動が耳の奥で混ざって障った。
「ああ、知っているとも。僕はその為に此方側へ来たんだからね。」
　言葉の意味を図りかねて口を噤む。
　僕の事を知っている、僕の知らない彼。僕の為に此処へ来た彼は一体何処から来たというのか。彼は何処に、僕は何処に立っているのか。
　彼の後ろに見える川面の細波で、不意に閃く光に目が眩んだ。
「……、」
　眩む視界で彼の姿が消えた後、さあ、と霧吹きで吹いたような水滴が頬に掛かる。陽を背にして見る霧雨に微かな虹が映った。
 

 


　この日は少し肌寒く、紗のように掛かった雲に日差しが遮られている。河原の彼岸花は随分と濁った色を見せ始め、花の後から茂り出す深緑の葉が目立ってきた。河原の風景は鮮やかと謂うより濃い色合いに変わり、確実に秋を迎え入れようとしている。そんな深い色をした視線の先、小川の対岸で黒い翅が草の陰にいくつも並んでいた。
「……蜻蛉、」
　僕の呟きが聞こえたのか、休んでいた蜻蛉の群れが風に乗って宙を流離う。漆黒の蜻蛉は、よく見る其れらの翅とは違い少し幅が広く、蝶のようにひらひらと舞っている。ぽつりぽつりと灯る燈籠花を背景に、列を為して飛ぶ様は葬列を思い起こさせた。
「極楽蜻蛉と謂うのだって、」
　いつの間に傍に居たのか、この前の少年が同じ方向を見ながら云う。僕は驚く事も忘れて、目の前のしめやかな画に見入っていた。
「葬列の往く先が極楽なら、救われる。」
　独りごちる僕の声を拾い上げ、彼は此方に向く事無く静かに告げる。
「彼等は先遣りだよ。」
「先遣り、」
　僕の問い掛けに、漸く彼は僕の目を見た。少し上がり気味の目が冷ややかに細められる。
「――呼ばれるんだ。」
「何に、」
　流れる水さえもが息を止めて静まり返る。無言と無音と彼の瞳が僕を射竦め、肺が凍ったように締め付けられた。
「ただの羽黒蜻蛉だ。水際を群れて飛ぶだけだよ。」
　低く吐き出された彼の台詞が全てを元通りに動かし、向こう側を相変わらず、羽黒蜻蛉がゆったりと漂っていた。ぼんやりと眺めていると日暮れの急な風が蜻蛉の列を乱し、僕の体温を奪っていく。
「じゃあ、また、」
　耳元に吐息と声が届き、下がった体温と共に身体を震わせる。俯いて抱き締める自身の身体。ふと見ると靴の爪先に羽黒蜻蛉が一頭、留まっていた。

 

 

　朝からさらさらと絹の糸のような細い雨が降っている。雲が薄い所為で天(そら)は明るく、糸引く雨は光を反射していた。
　河原は白く靄が掛かり、小川の位置すら判断できない。此岸と彼岸の境界を見失いそうだった。
「そろそろ、ゆこうか、」
　煙って融けた景色の中で、彼の姿だけが鮮明に浮かび上がる。
「何所へ行くの、」
　引き攣れた咽から辛うじて発せられた声は、僕の声のような気がしない。
「君はただ僕に、ゆく、と云ってくれさえすれば良い。」
　紅い唇が笑みの容(かたち)を作り、とても優しい声音が耳に心地好い。同時に差し出された彼の手を、僕は何の躊躇いも無く握っていた。
「あ……、」
　足許の羽黒蜻蛉の翅の金属質な光沢に、雨粒が受ける光が乱反射する。両手で顔を覆った時には既に遅く、虹彩への光の効果で意識が引き摺られた。
 


　今居る場処は、此岸か彼岸か。

 

「ずっと待って居たんだ。」
　生温い風が川面を走り、直ぐ傍を吹き抜けて彼岸花を揺らす。無数の朱色の花弁が僕を搦め捕り、足を掬われた。視界が反転を繰り返し、自分の立ち位置を見失う。激しい眩暈と息苦しさが僕を襲った。
　ゆっくりと目蓋を開くと、天(そら)からは天気雨が続いている。失った手の感触を探していると、凪いだ水面を並んで渡る、幾つもの幽かな青い燐光の列。最後尾の彼が目を細め、にんまりと笑った。

「君を、だよ。」



　

…了

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		<dc:date>2014-03-12T23:05:22+09:00</dc:date>
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		<title>柘榴</title>

		<description>　明かりの差さない、この冷たい場所で、…</description>
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			<![CDATA[ 　明かりの差さない、この冷たい場所で、僕等は貴方と約束をしたんだ。



「願いを叶えたいのは貴方？」
「僕等を呼んだのは貴方？」
　強い想いに惹かれて其処へ導かれた僕等を見て、貴方は泣きそうな顔をして見せた。その実、その内側は漆黒の炎が蜷局を巻いているのを僕等は知っていたけど。他人(ヒト)の願いの善悪など、僕等には何の関係も無い事だからね。
「その願い叶えるよ。」
「それが僕等の存在意義だから。」
　僕等はいつものように応える。そして両側から貴方の手を握る、捉まえる。逃げられないように。
「対価が要るよ？」
「僕等が欲しい物をくれないとね。」
　捉えた貴方の指先が震えて、冷えていくのが解る。対価がどんなものなのか不安なんだろう。でも、その不安さえも僕等の食慾を煽るんだ。貴方が貪欲に願うのと同じだけ、僕等は空腹になっていく。
「難しく考える事は無いよ？」
「貴方はただ、くれると云ってくれさえすれば良いんだ。」
　貴方の想いが通じた先に、蒔かれるであろう種から成る果実を。僕等の空腹は果実(ソレ)でしか満たされないんだから。
　乾いた貴方の咽が了承の意味で鳴った瞬間、契約は成立した。



　種を蒔いたのはいつの事だったんだろう。立ち籠める甘い匂いが僕等を融かす。
　明かりの差さない、この冷たい場所で、僕等と貴方は再び向かい合った。
「時期が来たね。」
「程良く熟れて、食べ頃だと思う。」
　闇の中に横たわるのは果実。契約の実という貴方の分身。
　何も知らず、僕等に喰われる為だけに育まれた小さなその実はまだ温かく、貴方に向けて手を伸ばす。貴方はそれを呆然と眺めていたけど、不意に視線を背けた。まだ正気なんだね？　早く堕ちた方が救いがあるというのに。
「自然に割れるのを待つかい？」
「手を下すのが愉しみじゃあないか。」
「それもそうだね。」
「それじゃあ、頂いていくよ。」
　果実を手に貴方に背を向け、奥の壁の前に立つ。僕等は漸く、空腹から解放されるんだ。
「貴方が望んだ未来は甘いかな。」
「貴方が選んだ現実は甘いかな。」
　鈍い破裂音と鋭い悲鳴が響く中で、僕等は無惨にまき散らされた果肉を思う存分頬張った。果汁で両手と口の周りを真っ赤に染めた僕等が振り返ったら、貴方はどんな顔を見せてくれるだろうか。




･･了
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		<dc:date>2012-08-15T00:27:10+09:00</dc:date>
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		<title>朔の夜、君と。</title>

		<description>　今夜は天気が好いから、『　　』が増え…</description>
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			<![CDATA[ 　今夜は天気が好いから、『　　』が増えるだろうね――。





　朔の夜は街燈が眩しい。目を閉じていても虹彩が灼け付く気分だ。でも、それもまた心地好い。跳ねるように乳白色の明るい円を避けて、細い路地を歩いた。
　少し斜めになった十字路の中心で足を止める。遠くを見るように首を伸ばして、来た道以外の三方を覗き込んだ。それから匂いを嗅いで鼻を三回鳴らす。
「こっち、かな、」
　その芳しい甘い薫りのする右の道を選んだ僕は、一歩目をついスキップにしてしまった。いくら何でも浮かれ過ぎだ。慌てて急停止。咳払いひとつ。
「大丈夫。あれは逃げたりしない。」
　自分に云い聞かせて、慎重に足を踏み出した。



　朔の夜は闇が濃いので馴染み易い。天鵞絨の外套を羽織れる位階になった気分で満更でもなかった。本当は薄っぺらな肩掛けを引っ掛けているだけの下位なんだけど。
　細い路地の少し歪な十字路の中央で、両耳の後ろに両手をそれぞれ添えながら小さな音に耳を澄ます。
「うん。この近くだ。」
　硬質の玻璃を触れ合わせたような儚げな音を暗い影が連れてくる。いつ聞いても心地好い。今夜の仕事を巧くやれば、銀釦を貰えるかも。
「……迎えに行かなきゃ。」
　僕は間違いの無いようにもう一度音のする方が確認して、左の道を急いだ。





　朔の夜の星灯りは意外と暖かい事に気付けたのは嬉しい。けれどその知識を誰にも語れずに逝くのは思った以上に落ち込む。ああ、でも、暖かく感じるのは僕の体温が奪われているからかも知れないな。――どちらでもいいか。
　こんな人通り――どころか猫通りも無いような細い路地の袋小路で死体になったら、見つけて貰えるのはいつの事だろう。出来れば腐敗する前には見つけて欲しいと思うのは最後の我が儘。
（やっぱり独りなんだな、）
　口を開いても息しか出ないのと、誰にも看取られずに死ぬのとどちらが情けないか。結論は簡単だ。そんな事を考えている僕ほど痛い存在はない。
　くだらない事を考え過ぎているからか、なかなか生を手放すことが出来ないでいる。全身の感覚は疾うに失っているのに、思考だけがいつまでも稼働し続けていた。
（早く逝きたいのに、）
「あれ、まだ生きてる、」
　闇が話し掛けてきた。朔の夜は闇まで喋る――、誰にも知らせることは出来ないんだけど。闇は横たわる僕の頬をするりと撫でて、でも僕自身には興味が無いらしく、そろそろ溢れ尽きて乾き始めた血溜まりに鼻を近付けていた。どうやら闇ではなくて、漆黒の獣のようなものらしい。
「見習いはまだみたいだね。また迷子になってるんじゃあないだろうな、」
「また、とは失敬だな。」
　別の声が割り込む。
「それに、『見習い』は卒業した。」
「……『貝釦』、」
　明らかに揶揄を含んだ闇色の獣の声音に、『貝釦』と呼ばれた少年が眉根を寄せた。他人とは謂え、僕の死に際で喧嘩されても困る。一体何を、否、彼等は何者なんだ。今更警戒はしないけど、好奇心でもない、解ったって意味も無い事だし。
　翳んでいく視界の中で、獣が口を開き、紅い舌で紅い僕の血を舐めている。
「甘いね、コレは誰にも愛されていない子の味だ。」
「余計なことを云わなくても良い。」
「余計な事じゃあないよ。ねえ、誰に伝えて欲しい、」
　僕のことを覗き込む獣の姿が見る間に闇に融け始め、別の形を象る。質問の意味を理解しかねて呆然とする僕の目の前に、僕の像があった。
「奴は"蟲"だ。ほら、よく云うだろう、『蟲の知らせ』って。」
　驚いた。そして、納得した。本当に蟲が知らせてくれるのだ。有り難い話だが、知らせて欲しいと思うような誰かを思い付かない。僕は孤独に耐えかねたのだから。
「綺麗な顔が残っている内に、散歩途中の犬にでも見つけて貰えるようにしてあげるよ、」
　蟲は僕の顔で僕がしたことのない爽やかな笑みを残して、人通りの有る方へとふらり、歩き出す。数歩で姿は見えなくなったが、スキップの足音が聞こえた気がした。
「さて、そろそろ逝かなければ、」
　貝釦がその細い腰に手を当てて、僕を見下す。
「今夜は朔だから忙しい。」
　何がどう忙しいのか、今の僕にはよく解る。僕のように新月の潮汐作用に引き摺られて、命を絶つ者が増えるのだろう。一人に時間を割いている場合ではないのかも知れない。解ってはいるのだ。こんな時にまで誰かの手を煩わせたくはないのに、自分で自分の何処も動かせなかった。これだけの血が流れたらもっと躯が軽くなっても良い筈なのに。
　多分、困った顔をしたんだと思う。表情も作れないので本当のところは彼が勝手に解釈してくれただけかも知れない。それでも正しい反応として、貝釦は大きく溜息を吐いた。
「全く。本当はこの場に固執してるんだろう、」
　呆れた声音は哀れみに変わる。
「君みたいのはすぐに縛られる。」
　そう。
　消えて亡くなりたかった訳じゃないから。
　独りで居る事に耐えかねただけだから。
　蟲と貝釦に出遭えた僕は、つい、嬉しくて長居をしてしまった。
「君自身が逝く気にならないと貝釦の僕には引き剥がせない。」
　彼の白い手が差し出される。それはとても優しい指先で僕を誘った。
　微動だにしなかった躯がふわりと軽くなり、君に届く。握り締めた手のひらは冷たかったけど、誰かと一緒の夜は月灯り以上に温かかった。







‥了 ]]>
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		<dc:date>2011-07-07T15:23:52+09:00</dc:date>
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		<title>平行線</title>

		<description>　単線の列車はすれ違うことがない。
　…</description>
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			<![CDATA[ 　単線の列車はすれ違うことがない。
　前にも後ろにも姿が見えない。

　まるで、今の、僕等のように。





　初夏を迎える手前の節句の頃、僕は街の外れを通る単線の列車に乗りに行く。もうそれは、何年もの間続けられれている行事のような感覚だった。
「戻って来てもしょうがないと云うのに。」
　毎年繰り返すのは、理解できない心に刻みつける為の儀式のようなものだ。どうなるものでもない。それは解っている。解らないのは繰り返してしまうと云う行動の方だった。
「仕方がないよ、それほどの疵を負ったのだから。」
　向かいの席に座る君が呟いた。窓枠に置いた肱が陽を浴びて透明になる。
「景色もほら、何ひとつ変わらない。」
　萌葱色を反射する丘の稜線。水を張った田圃の光沢。絹のような雲を散らして何処までも澄んだ蒼天。鈍色の線路。下草に映えるカタバミの黄色。車窓を通り過ぎていく景色は、どれだけの月日が過ぎても今までと変わらず。欠けた風景を僕の前に晒していた。
　線路の継ぎ目を越える規則正しい振動が、堅い椅子から直接伝わる。心地良い揺れは、ゆっくりと僕を睡(ねむ)りに誘った。
　不意に清かな風が吹き込んでくる。同時に君が少し怒ったように僕を見詰めた。
「彼岸会は疾うに過ぎたよ。早く逝った方が良い。」
　薄く開いた列車の窓が呼吸するように風を内側に招き入れると、僕を外側へと吐き出した。



　目の前を列車が通り過ぎて往く。欠けた景色を埋めた僕には、車窓の向こう側の君の顔が見えない。






‥了 ]]>
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		<dc:date>2011-07-07T15:22:58+09:00</dc:date>
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		<title>何をして、何をして、何をしたのか。</title>

		<description>　黒曜石程の鋭利さのない、水面に浮かべ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　黒曜石程の鋭利さのない、水面に浮かべた墨ような闇の中。
　ひとつの罪が僕の前に横たわっていた。

　知らない。

　知らない筈は無いだろう、と声がする。その手にした証拠は罪以外を語る事は無いのだから、と。

　声につられて視線を落とすと、朱い証拠は其処に在った。離せない。僕と同化して指先を染めていた。
　其処に罪が有るとしても、その証拠が僕の手に有るとしても、僕はその罪の在処を知らない。

　知らないのではなく識らないだけだ、と声は続く。その耳に遺る息遣いを感じていない訳はないのだから、と。

　頭に響いていたのが雑音(ノイズ)ではなく、激しい呼吸だと気付かされる。誰のものなのか。僕の鼓動とは一致しない。じゃあ――。

　認識するが良い。
　知覚するが良い。

　何をして、
　何をして、

　何をしたのか。

　その結果の罪。
　罪の証拠。

　それらが何処に存在するのかを。

　白く拡がって燐光(スパアク)した視界が急速に狭まっていく。
　罪を犯した僕を、冒すのは鋭利な黒い罰。






‥了 ]]>
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		<dc:date>2011-07-07T15:21:52+09:00</dc:date>
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		<title>銀幕の向こう側</title>

		<description>　カタカタカタカタカタカタカタカタカタ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

　映写機のフィルムリールが空回りする音で目が覚める。銀幕にただ白いだけのランプ光と、暗幕の隙間から差し込む銀色の朝日が映し出されていた。
　なにもない銀幕は僕の心と同じで、空っぽのまま其処に在る。映写機はひたすらに過去を繰り返す。君が居た、時間を。もう乾いてしまった涙の痕を指先で辿ってから、映写機を止めた。
　闇が埋める部屋の中を一条の光が通り過ぎていく。暗い松葉色の暗幕を開き、眩しさに目を細めて窓を開け放した。思いの外、朝焼けが目に沁みなくて、ゆっくりと視界を広げる。
「霧が――、」
　外界では空気中の水滴が乳白色の帯となって漂っていた。庭の寒椿の花すら覗うことができない。
　それは、まるで。



　銀幕のようで。



　朝霧に融ける人影に息を呑む。
　近付いてはっきりした面差しに胸が締め付けられる。

　其処に君が居ないなんて、思いもしなかった。



　玄関に回った僕を迎えたのは、間違いなく君で。フィルムの中と同じように少しはにかんで立っていた。
「逢いたかったんだ。」
　駆け寄ろうとする僕を右手で制した君が口を開く。
「ちゃんと別れられなかったから。」
　耳慣れた声が届き、君は上げていた右手を真っ直ぐに伸ばした。その細く長い指先で僕の後ろを指し示す。それが銀幕と映写機を指しているのは明かで。君から視線を逸らせない僕を見る瞳が哀しく揺れた。
「いつまでも虚像を追っていてはいけない。」
「でも、」
　言い訳は欠片も受け取っては貰えなかった。
「想い詰めないで。思い出してくれるだけで良いから。」



　霧が晴れていく。
　透明になって、君も逝く。

　僕は此処に在る。
　君を心に映して。



　カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

　フィルムをリールに巻き取る音が聞こえた。






‥了 ]]>
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2011-07-07T15:20:51+09:00</dc:date>
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		<title>あした</title>

		<description>　天文台の建つ丘に拡がる下草が夜露を含…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 　天文台の建つ丘に拡がる下草が夜露を含んで僅かに冷えている。昼間ならば所々に派手なコントラストで群生する彼岸花の姿が見える筈だが、夜の闇は輪郭のみを陰に映しているだけだった。
　群青の天幕は昨夜と同じに其処に在り、貼り付けた星図だけが移動している。大地が動いたのでも、天が動いたのでもなく、時間が動いた証。
「本当に時間が動いているのかい、」
　不意に響く声の主を探して、僕は首を巡らせた。傍らに腰を下ろし、僕を斜めに見る少年と目が合う。
「君は、」
「僕は死人花だよ。」
　驚いて口を噤む僕に静かに笑いかけた彼は「僕が誰でも大した問題ではないよ。」と独り言のように呟く。不審に思う僕のことをもまるで問題ではない風に眺め、可笑しそうに咽を鳴らした。
「本当に時間は動いていると思うのかい、」
　再び繰り返される問いに、途惑いつつも頷く。そうするより他に答えられない。現に天(そら)では星が動き、雲が流れているし、濡れた下草は徐々に温度を下げている。なにより腕時計の秒針が静かな音を立てて、確実に時を刻んでいた。
　着実に、確実に、先へと向かって。
「果たして本当にそうだろうか、」
　細い葉先についた雫を指先ですくって口元に持って行く彼の所作。星灯りに照らされた彼の唇は、確かに彼岸花のように紅かった。
「君は一体、何処に立っていると思う、」
　真っ直ぐに向けられた視線と彼の今までの口ぶりで、訊ねられているのは場所のことではないのは理解できる。時間の流れの中での、僕の立ち位置。
　――今。今日。現在。
　思い浮かんだ回答が質問に対して適切であったかと不安げに見返すと、彼はとても満足したように笑む。
「そうだね、君は其処に居る。」
　優しい夜風が二人の間を通り抜けた。安堵の溜息は自分のものでも温かく、僕も彼に微笑みかける。
「君は昨日から来て、今日に居る。それから、」
「明日に――、」
「まさか、」
　得意になって続ける僕の言葉を乾いた声で遮った彼は、しかし、はっきりと否定した。
「明日なんて、在り得ない。」
　昨日、今日、明日。過去、現在、未来。不変のもので普遍なもの。

　存在自体を打ち消されたような衝撃。

　それでも相変わらず彼は、僕の状況など無視して言葉を続けた。
「時間は今よりも後に存在するだけで、先に向かって進んでいくものでは在り得ない。」
　肱を伸ばし天を指差す彼を見やる僕の背中に、温い感触。
「だってそうじゃあないか。あの光は過去から今に届いた光。今よりも先へは向かわない。」
　天の濃紺を掴んだ手を下ろし、其処に有った花の茎を手折る。
「これでこの花は終わり。明日など、無い。」
「君が折らなければ、明日も咲いていたかも知れない。」
　それは無理矢理に時間を止めた結果だと云おうとして、呼吸が止まった。摘み取った花片を食(は)む、君の婉然とした表情。
「明日だって、」
　嘲る風に笑う彼の後ろに、目の眩むような漆黒の闇が見える。僕の中の摂理が崩壊していく前兆だった。
「君は明日を体認したことはあるかい、」
「……え、」
　改めて問われると答えられない。明日を思うことは有っても、明日という時間の場処に立ったことはない。『また、明日。』、そう云われて逢うのはいつだったか――。
「今日が終わって眠りにつく。そして、目が覚めたら今日だ。」

　世界が揺らぐ音がした。

　また、明日。そう云って実際に逢うのは明日ではない現実。昨日は愉しかったね、と云うことはできても、明日は愉しいか判らない。愉しいか判断する時点では既に、明日ではなく今日。
「明日は在り得ない。そして昨日も今日も、目まぐるしく変化し、同一では在り得ない。」
「それじゃあ、僕は、」
　気配の無くなった下草の代わりに僕を取り巻く闇が、足元をグラグラと揺るがす。不安は咽を塞ぎ、息が苦しくなってきた。
「――僕は一体、何処に立っているの、」

　揺らいだココロが足場を見失う。

「君は此処に立って居るんだよ。」



　上も下も。
　左も右も。
　前も後ろも。
　昨日も今日も明日も。



　一瞬すら見えない世界に、彼岸花が一輪。






‥了 ]]>
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