寝台に横になっても、窓からカーテンを透かして届く星明りが眩しくて眠れない。目を閉じると映る目蓋の裏の藤色の残像が気になり、諦めて天井から吊るされた照明の中ほどにある点燈管を眺めた。
 もうどれくらいの間こんな事を繰り返しているのか。そう思って寝台の宮に載った目覚し時計を手に取る。針の示す時刻は横になった時とさほど変わっていない。秒針が無い型の所為で、時が止まってしまったかに感じた。
 仕方なしに身体を起こした僕は窓辺に寄って、カーテンを閉じたまま窓を開ける。手探りで三日月(クレセント)錠を起こし、硝子を直接触って開けるのだ。するするとサッシを滑る音と共に、もう冬に近いひんやりとした風がカーテンを膨らませた。
 呼吸するように外気と室内の空気を入れ替える布が一際大きく波打った後に、黄玉(トパァズ)の瞳の彼が立っていた。
「天河石(アマゾナイト)を捕りに行かないか、」
 露台(テラス)から入ってくるなりシアンが云う。虫の声すらも聴こえない夜半。僕は彼の言葉の意味を図りかねて、ただ黙って見つめ返した。
「目を開けたまま眠っているのかい、」
 今夜の月と同じ色のシアンの瞳がくつくつと笑った。
「こんな時間に、しかも天河石って、どうやって捕るのさ、」
 我に返った僕が少しむくれているのを知って、シアンは愉しそうに目を細める。
「降ってくるのを捕るのさ。エルは落ちているのを拾えばいい。」
 鼠を玩(もてあそ)ぶ猫のような眼。僕はシアンほど球技は得意でない。
「そういうことじゃないよ。天河石ってアマゾン川で採れるのだろう、」
「何故『天河(あまのがわ)』と充てるのか考えてみろよ。」
 そう云ってシアンは天(そら)を振り仰いだ。濃い群青の天鵝絨(びろうど)に明るい青磁色の粒子を零したように流れる天河。確かに天河石の結晶が降ってきてもおかしくはない。
 僕は光の流量に気圧されて、斜めになった機嫌を元に戻さざるを得なかった。
 頤を下ろすとそこにシアンの笑み。
「僕たちのために長くなった夜を、愉しまない手はないだろう、」
 そう云ってシアンが僕に右手を差し出した。掌には青緑の小さな天河石。月明かりに映える。いつの間に?
「さっき降ったのを見なかったのかい、仕方がないな。」
 彼は僕がその天河石を手にしようと伸ばした左手を握ると、思いっきり引き寄せる。よろめく形でシアンの胸に閉じ込められた僕は、時を打つ鼓動を直接感じた。
「屋根の中に居るからだ。早く行こう。」
「こんな時間から外へなんか……、」
「でも、眠れない。」
 確信的な彼の声に、僕はこくんと頷く。進まない時計を思い出した。
「僕たちのために長くなったって、どういう事、」
「秋分を過ぎて昼より長くなった分の夜の時間は、僕たちの時間だろう。」
 理解する間も無く彼に手を引かれて露台に出る。肌を刺す銀漢の光線。降り注ぐ天河石の欠片。シアンの瞳が夜天(よぞら)を色を取り混ぜて青磁色に発光した。






‥了
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