朝、目が醒めて一番初めに想うのは、

 『君が好き』ということ――。









 学校に行くために寮の部屋を出る。重なって開く扉の音。絶妙のタイミングに思わず笑ってしまった僕は、ただでさえ滑りの悪い鍵穴から鍵を抜くのを手間取って、一瞬遅れを取った。
「今朝は僕の勝ちだね。『おはよう』、架乃(かの)。」
「理清(りさや)が図ったように戸を開けるからだよ。今まで勝ってたのに。」
 漸く抜けた鍵を制服の内ポケットにしまい、顔を上げて彼を見る。濃茶の虹彩がくっきりと浮かぶ琥珀色の瞳が少し細まって、続いて容のいい唇の片方の端がクイ、と上がった。
「……聞き耳を立ててたね、」
 古い木造のこの寮では、壁に耳を当てると隣の部屋の物音がよく聴こえる。
「聴こえるんだよ。架乃はいちいち音を立てるから。」
「……聴こうとしなければ、聴こえないよ。」
 普段から聴かれているのかと少し恥ずかしくなった。少し俯いて理清の視線を避ける。顔を背けた所為で彼を向いた耳朶に吐息が触れた。
「それとも、聴かれたら困るようなことをしてたのかい、」
「してな……、」
 否定しようとして正面を見た僕の唇を、一瞬だけ掠めて逃げる理清。意地悪く笑う彼から目が離せない。鼓動が一度、大きく鳴った。
 閉めた扉に追いやられて背中をつく。ひやりとした背と間近に迫った理清の体温の温度差に、僕は眩暈を感じていた。
「今日は僕の云う事を聞く番だろう、」
 わざと高圧的な云い回しをする時の彼は酷く愉しそうで、たかだか『どちらが先に「おはよう」と云うか』なんて単純なゲェムの罰を与えるだけには思えない。かと云って、それを不快に感じさせない明るい琥珀の双眸が僕をやんわりと包む。
「……何をしたら、いいの、」
 上目遣いで覗いた理清の表情が、廊下の窓から差し込む朝日の逆光で見えなくなった。それなのに判る。彼の、何か新しい遊びを見つけたような、そんな満足そうな、笑顔。
「今夜は架乃の部屋に泊めてもらうよ。明日は休みだし。」
「え、」
「大丈夫。架乃の部屋は角部屋だし、一部屋空いてたら音も声も聴こえない。」
「……っ、」
 絶句する僕の手を掴んで扉から引き剥がすと、そのまますっぽりと腕の中に収めてしまう。肩に乗った理清の頤が愉しげに笑った。



「でも僕は、架乃の声も音も大好きだから。」






‥了
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