僕がどれほど君を想ってるか、

 皆に教えてあげたいくらいだよ――。













 理科室での授業の為に教室を出たところで壬生(みぶ)先生に呼び止められる。一緒に居た理清に先に行くように言って、廊下で先生と立ち話になった。
 壬生先生はこの春新卒で赴任してきたまだ若い教師で、どの先生よりも話し易い。静かな語り口は教師を意識させず、仲の良い先輩か兄貴のような雰囲気で、学校の中でも人気が有るらしい。
 内容は大した事ではなかったと思う。実際、覚えていない。頭の中に理清が振り返った時に見せた、人形のような笑みが貼り付いて消えなかったからだ。綺麗だけど、無感動な表情に明らかに僕は途惑っていた。
「壬生先生と、何話してた、」
 理科室に入らず、廊下に立っていた理清は僕の顔を見るなり、そう問い掛ける。
「……何って、何、」
 理清の琥珀色の瞳は冷えていて、僕の思考を容赦なく凍らせる。疚しい事は無いのに口ごもってしまった。
「そう。」
 僕を見る濃茶の虹彩がくっきりと浮かぶ琥珀色の瞳が少し細まって、続いて容のいい唇の片方の端がクイ、と上がる。いつもの彼の表情だ。
「告白された、」
「……っ、」
 普段と同じになった理清に安堵した瞬間の思いがけない質問に絶句する。
「気付いてないの、」
「何に気付くのさ、」
「壬生先生の架乃への視線の意味。」
 どんな視線かすらも解らず首を傾げる僕を、少し琥珀の目を細めて覗き込んでくる。心の中まで見透かされているようで、心臓が大きく跳ねるのを必死で抑えて答えた。
「知らないよ、視線どころか何の話かだって、覚えてな……い。」
「どうして?」
 試している。僕と、僕の気持ち。
「言ってよ。じゃないと皆に架乃が壬生先生に告白されたって言いふらすよ、」
 愉しそうな理清の口調には、僕の本心を引きずり出す力がある。抗えない。厭な感じはなく、むしろそうしたくなる彼の声。
「……理清の、」
 少しだけ視線を逸らしてゆっくり吐き出す。
「僕の、」
「理清の瞳が、あんな瞳を見たことなかったから、気になったんだ。」
 ずっと一緒に居たのに知らなかった彼の冷たい視線。
「そうだね。僕は架乃を見る時はあんな目で見ないから。」
「え、」
「知らなかっただろう。僕は君以外にはいつだってあんな風だよ。」
 いつも隣に居たから。僕には理清が他人に向ける表情は見えない。



「架乃の事、誰にもあげたくないから。」






‥了
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