単線の列車はすれ違うことがない。
 前にも後ろにも姿が見えない。

 まるで、今の、僕等のように。





 初夏を迎える手前の節句の頃、僕は街の外れを通る単線の列車に乗りに行く。もうそれは、何年もの間続けられれている行事のような感覚だった。
「戻って来てもしょうがないと云うのに。」
 毎年繰り返すのは、理解できない心に刻みつける為の儀式のようなものだ。どうなるものでもない。それは解っている。解らないのは繰り返してしまうと云う行動の方だった。
「仕方がないよ、それほどの疵を負ったのだから。」
 向かいの席に座る君が呟いた。窓枠に置いた肱が陽を浴びて透明になる。
「景色もほら、何ひとつ変わらない。」
 萌葱色を反射する丘の稜線。水を張った田圃の光沢。絹のような雲を散らして何処までも澄んだ蒼天。鈍色の線路。下草に映えるカタバミの黄色。車窓を通り過ぎていく景色は、どれだけの月日が過ぎても今までと変わらず。欠けた風景を僕の前に晒していた。
 線路の継ぎ目を越える規則正しい振動が、堅い椅子から直接伝わる。心地良い揺れは、ゆっくりと僕を睡(ねむ)りに誘った。
 不意に清かな風が吹き込んでくる。同時に君が少し怒ったように僕を見詰めた。
「彼岸会は疾うに過ぎたよ。早く逝った方が良い。」
 薄く開いた列車の窓が呼吸するように風を内側に招き入れると、僕を外側へと吐き出した。



 目の前を列車が通り過ぎて往く。欠けた景色を埋めた僕には、車窓の向こう側の君の顔が見えない。






‥了
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