身体中にまとわりつく湿度とは裏腹に、喉が渇いて目が醒める。空気に水分が混じって重くなる季節がやってきた。花守の郷全体がしっとりと濡れている感覚。僕は閨(ねや)を出ると邑(むら)の外れの水晶の宮へ向かった。
 宮の宙(なか)に浮かぶ水晶球。飽和状態の外気が球の表面に当たると、冷やされて雫に変わる。溢れる透明な水を僕は手のひらで掬って口に運んだ。
「あ……、」
 潤った咽を伝い唇から零れた声は、水晶と同じく澄明に響く。声に合わせて湧き出す水滴がりん、と鳴った。
「神唄の季節やってきたんだ。」
 宮を出ると櫓が組まれていて、囲むように人々が集まっていた。皆一様に天を見上げている。待っているのだ。緑濃くなる為に葉を刺激する雨音を。
 同じように天を見つめている僕に気付いた邑人が、櫓への道筋を示す。次々と繰り返される所作が、僕の前に途を拓いた。

 爪先を向ける。それから視線を。
 踏み出した一歩が季節を動かす。

 櫓の上には天を望んで待ち侘びている水気が集まってきていた。僕の唄を促すように、ふわりふわりと唇を濡らす。
 神唄を、謡おう。
 其れが僕の、郷に生きる僕の役割。

「                     。」

 僕が奏でる音に乗って、水滴が天へと螺旋を描いて昇っていく。雲を超えて天幕の彼方へ。そして冷たい氷の層に触れ、ぱちんと弾けて舞い落ちてきた。
 さらさらと雨が降り注ぐ。
 あまい、甘い雨が降り続く。



 僕の頬で涙と一緒になった。






‥了
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