君を造るひとつひとつ全部を

 僕の中のひとつひとつが欲しがってる――。










「痛……っ。」
 咄嗟に指先を見つめる。
 左手の人差し指の先。
 丸く留まる紅い玉。
 右手のメスを放して、指を強く絞ると紅い玉はふるふると揺れて流れ出した。
「先生、架乃(かの)を保健室に連れて行きます。」
「え、」
 隣に座っていた理清(りさや)が突然僕の手首を掴んで立ち上がると、教師の返事を待たずに理科室を出る。引き戸が閉まる音を聴いた時には、既に廊下の端の階段まで来ていた。
「ちょっと待ってよ、理清、」
「急がなきゃ、貧血になる。」
 台詞の割には愉しそうに振り返った彼は、いつものように片側の口角を上げた。
 保健室のドアには養護教諭が不在であることを告げる札が掛かっている。理清は気にもしないで中に入ると、僕を処置台の脇の丸椅子に座らせ、自分は教諭が座る肘掛のついた椅子に腰掛けた。
「見せて、」
「あ、うん……。」
 右手で止血をしたまま、左手を差し出す。そっと右手を外すと続けて彼の手が僕のをすくう。理清の手は少し冷たくて、心地良かった。
「まだ血が止まらない、」
「掠めただけだと思ったのに。」
「メスだからね、思った以上に深いのかも、」
 二人して覗き込んでいた指先が、理清の亜麻色の髪に遮られる。同時に感じる彼の体温。まだ血が滲んでいたはずの指先が、僕のとは違う濡れた温度と体液に包まれている。
「……っ、り、さや、」
 驚いて手を引こうにも両手でしっかりと握られ、それも叶わない。柔らかい舌が指をなぞる。背筋が粟立つ感覚に途惑った。
 俯く僕と上向く理清の視線が絡む。咥えていた指を解放しても彼の唇に残る僕の血の紅。
 目を逸らせない。
 そんな僕を見る彼の濃茶の虹彩がくっきりと浮かぶ琥珀色の瞳が少し細まって、続いて容のいい唇の片方の端がクイ、と上がった。



「これで架乃は僕ものだね。」






‥了
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